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北陸新幹線開業記念 ロケ地探訪 「ゼロの焦点 1961年(昭和36年)」 その1
エクランは古い写真も好きだが、昔の映画を見るのも好きなのです

最近はアニメの聖地巡礼などと称されるロケ地巡りや各地のフィルムコミッションによる映画やドタマのロケ地紹介、企業や観光協会などによるものなどが流行っております

ただしここで難しいのはやはり映画の著作権や肖像権というものがあり実際の画像を出しにくいところです
とかと言ってイラストに書き起こすのも雰囲気が台無しになります

もしこの記事によって不利益が生じるということが起こりうるであろうとした方はメールにてご連絡ください

仕事柄全国を回ることがたまにあるのでその都度チマチマ図書館で調べたり仕事の合間に訪れたり、構想3年
映画公開からもう54年も経っていたり、私有地で入れなかったり全く同じアングルといかない場合もあるが半世紀以上たった街や風俗の変化を楽しんでもらえることを願ってあえて実際の絵を元に研究してみました(ネタバレ含みます!)

#●●は台本のシーンナンバー
役名(かっこは俳優名 敬称略)

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#1 上野駅・正面 (夜)

「私の名は岡崎禎子・・いや、今では鵜原禎子・・・
結婚して今日で7日、一週間目である」


主人公のナレーションでドラマは進みます
原作での主人公の旧姓は板根禎子。映画ではより明確になるよう岡崎と名前を変えたものだろう

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#1 東京への本店勤務変えにより金沢へ出張する鵜原憲一(南原宏治)を見送りにきた鵜原禎子(久我美子)は一緒にタクシーを降り上野駅の構内に入る
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上野駅21:15発 金沢行き 急行「北陸」に乗り込む

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#3 猪熊弦一郎作の壁画「自由」がある中央改札口を通りぬける
1932年竣工の二代目駅舎のコンコースは古い部分をわずかに残している
画面にも見えるが1961年は第一次スキーブームの年でスキー客が年100万人ほどに増えたらしい
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「じゃあ12日に帰るからね」
「・・・お気をつけて」

映画の冒頭に出て来た出来事はそのようにならない
「帰るからね」という台詞は「帰らない」ことの始まりなのだ

発車し始める列車が続く中スタッフ・キャストのタイトルが続く

撮影監督(キャメラ)は60年代70年代の松竹のエース・カメラマン川又昂氏


#4 世田谷区の郊外団地アパート
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1956年に作られた祖師ヶ谷大蔵駅北の祖師谷住宅
当時としてはとてもハイカラなアパートであったのだろう

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#8 憲一の荷物を整理していてパラっと六法全書の間から出て来た2枚の写真
なぜ六法全書など持っているのか?
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#6 [回想シーン]仲人さん佐伯(十朱久雄)が持って来た写真をちゃかす妹
母と妹の三人生活なので父は戦死したのだろう(と当時は説明しなくとも皆理解しただろう)

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#10 団地横の店先で赤電話で通話する禎子
憲一が会社に出社しないらしく勤務先の広告代理店博報社から電話がはいる
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雨の中憲一の兄 鵜原宗太郎に電話をかける

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#15 鵜原宗太郎(西村晃)の家 子供3人のいかにも平和な昭和な風情である
映画冒頭の平和な風景は・・・・・・・

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電話がかかってきたと伝える八百屋の店員
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撮影現場になった八百屋「やおきゅう」さんに写真を持って伺がい話を聞くと
二代目のご主人さんが言うには「昭和36年ですか? この店は父が昭和35年に作ったもので」
「このざる、懐かしいなあ」
「この男前の店員さんはお父様ですか?」「いや違うなぁ  隣のご主人が男前だったから 聞いてみな」
てんで二軒程離れた店で聞き込みをすると「ウチのダンナはもっと男前だよ!」と一蹴されてしまう
やはり俳優さんだったんだね
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贈呈された秤に書かれている大井町の八百瀧さんは親戚らしい
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#17 電話の相手 鵜原宗太郎(西村晃)
窓の外右側のインド風な塔は何処だろう?見た事有る・・・と探していたら築地本願寺でした
左側の建物は当時の区立築地小学校(1992年京橋小学校と統合されて区立京橋築地小学校)
万年橋西交差点の松竹から撮影されているんだな
壁に「シキボー」のポスターが貼られているので繊維の商社勤めの設定か

「こうしてじっと待ってても仕方ありません、私、参ります、金沢へ」

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再び上野駅  禎子は急行「北陸」で金沢に向かう

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西日暮里付近を走行する列車
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金網越しに撮影しなくてはいけない場合コンデジがレンズが細いので便利

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「始めて見た能登半島。そのなんか悲しすぎるほど寂しい風景
私にはあまりにも印象的だった」


こういっては野村芳太郎監督には申し訳ないがこの空撮は必要なかろうかと思って色々本読んでいて山田洋次氏と川本三郎氏の対談でなるほどと思ったのが

(川本)列車が能登半島に近づくと、そこで空撮になって、空から能登半島を撮るシーンがありますね。
あそこは久我美子の視点ではあり得ないんだけれど。

(山田)あの当時は構えて「さあ、いいものをつくるぞ」となると
お金をかけて飛行機に乗って空撮するという感じはありましたね。
空撮って表現としてはあまりいいものにあり得ないんです。ただ遠くから見てるだけというだけで。

(山田)あのころは「空撮!」というと「わあ、大作」という感じがあったんですね、確かに。


松本清張研究 第13号 対談「清帳映画の現場」


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#36 急行「北陸」に11時間も乗車しまだ地上ホーム時代の金沢駅に到着します
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金沢新幹線バブルな金沢では街中にたくさんこのようなポスターを見ることができます
しかし「新幹線が 春を連れて、やってくる。」とは名コピーですね
映画公開当時11時間もかかっていた東京ー金沢は2時間半になるそうです

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最初の金沢取材は2013年冬に仕事で金沢に行った時
「右奥に金沢駅が見えているのでああ金沢城だね」などと現地に向かうと全く分からない
そのうち大雪になって退散した

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二度目の金沢は2014年GW東日本一周の途中金沢によったとき卯辰山のお寺とか神社じゃあないかと(それまでにもネットでかたっぱしから金沢のお寺研究をしてみたものの該当する屋根がみつからない)息をきらして山道を上り下りしてもわからず

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ある日金沢の古い写真を集めた写真集をめくっていたら見覚えのある屋根が!
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映画公開1年後(1962/7/24)に火災で消失 その後再建された「東本願寺金沢別院」
正式名称は「真言宗大谷派金沢別院」、地元では「東別院」と呼ばれるらしいが
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1961年ころの航空写真から ↓拡大するとなるほど!
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屋根が変わったのではそりゃ分からないや、と写真を撮りに行ったのは2015年2月の終わりの金沢出張の時でした。境内には昔の瓦が保存されておりました
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犀川大橋の南から

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#39 憲一の家を探すため浅野川縁を歩く禎子(久我美子)と憲一の会社の部下本多(穂積隆信)
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いかにも都会の女性が北陸にやって来たのか物語るなかなかいいカットですね

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ロケ地探しで最後まで分からなかった場所がこのシーン手がかりは「大塚●●」の電柱看板のみ
グーグルストリートビューで金沢の街中を見てみるもまったく分からず!

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とある日一枚のスチール写真を見つける
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拡大すると菅野呉服店・染物 梅田屋奥には市川醫院(病院)と読める

2015/2金沢にて仕事のついでに玉川図書館に行き昔の電話帳で探そうと相談すると今はプライバシーの問題があって昔の電話帳はNTTが回収しているらしい! 
近年のものなら分からなくもないが50年前のものでそんなに不利益になる情報があるのかわからない

なので当時の石川県の商工会議所みたいなところがだしていた案内本をさがすも大きな会社しか載っておらずわからない

次は医師会名簿はないかと探すもなく、ついに見つけたのは北信医事新聞社発行の「北陸医療界(1961)」という業界紙。
その中に名前があって「市川病院」は北石坂町にあるらしい

次は北石坂町の現在の住所はどこかと図書館の司書さんに聞いて昔の住宅地図を出してもらう

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なんともあっさり発見  スチル写真で貸本と読めたのは「こばと貸本店」というかわいらしい名前の店ですね
図書館でたっぷり2時間も探し物をしてようやく現地に向かいます

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現在は野町2丁目、神明宮の北側の細い道 病院は無くなっているが当時の面影はかなり残っている

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ここ通称弁慶坂はよほど画になる場所だったのか様々なのアングルでのカットが多い場所
ここの階段の手すりまで半世紀変わらないのは立派

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車を止めていた駐車場の横にあった商工案内地図には菅野呉服店も大塚商店も記されていた

憲一の行方不明の届け出を警察署で行ったりした翌日路面電車に乗って憲一のクライアント丸越工業の室田社長を訪ねる禎子と本多
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#50 兼六園下から百軒堀と呼ばれるところを走っていた北陸鉄道金沢市内線は1967/2に廃止
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#52 丸越工業到着 後述するが堤町の交差点(現在:上堤町)

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受付にはスラングだが流暢に英語を話す受付嬢
背後はタクシー会社と竹内●●と読める店が

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#53 禎子と本田はタクシーに乗って室田社長の家に向かう
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出羽町〜兼六坂上のカーブ 背後は成巽閣(せいそんかく)の壁?

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室田社長の家 この外観は六法全書から出て来た写真の家じゃあないか!

この場所もず=っと分からなかったが 暇なときにストリートビューで徘徊していた時に発見
北陸学院保育短期大学付属第二幼稚園の園舎であるトマス・ウィン設計(1891)のウィン館というコロニアルスタイルの洋館の前家(飛梅交差点付近)

金沢の人ならすぐわかったんだろうね 

さて室田儀作社長(加藤嘉)と若い妻室田佐知子(高千穂ひづる)に憲一が失踪したことを報告などしているうちに警察から能登の方で自殺体が発見されたとの一報で禎子は能登半島に向かいます

場所は本県羽咋郡富来町、関野鼻の断崖
推定年齢三十五歳ぐたいの男子
推定死後四十八時間
特徴、やせ形、頭髪は七三のハイカラ
服装は茶の背広、遺書無し
所持品其の他身元を知る遺留品なし

大体こう云うことです


七三のハイカラってどんな髪型なのでしょうか

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宝達山の麓を走る七尾線 実際のロケ地はもう少し高台から撮られている

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これも今では廃線となった北陸鉄道能登線の始発駅羽咋駅
現在はこんな場所と入場券を買って撮影(せっかく能登まできたので)
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金沢から羽咋までが45分
羽咋で北陸鉄道能登線に乗り換える

それより三明までは50分とのこと

三明でさらにバスに乗りかえる


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三明駅(さんみょう)には跡地の碑がありました
取材当日はここから秋田に徹夜でむかいました

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ヤセの断崖に立つ禎子
2007年3月の能登半島地震で断崖の先端部が30m以上崩落してしまったのですこし雰囲気がことなる
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憲一の履歴を仲人に聞くと一時警察官だったことを知り、能登での自殺体は憲一ではなく東京に戻り立川署に向かう(なるほど六法全書もそのころ勉強していたのか)
警官当時の同僚が語るには憲一は風紀係として勤務していたらしい

禎子は憲一の兄嫁から電話があったとのことで青山の兄の家に向かうと電報が
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ウバ ラソウタロウサンガ ナクナラレマシタ」シキユウカナザワエオイデ コウ」 カナザ ワケイサツシヨ


 
憲一の兄 鵜原宗太郎が亡くなった?!
明日につづく


●ロケ地探訪 「ゼロの焦点 1961年(昭和36年)」 その2


d0104052_1922359.jpg<あの頃映画> ゼロの焦点 [DVD]


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2015年7月にブルーレイの高画質版が発売になるようです
by ecran_pro | 2015-03-13 15:00 | 映画のロケ地探訪
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